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Sevishの313平均律を使った曲「Desert Island Rain」について

微分音アーティストSevishの「Desert Island Rain」という曲について、自分なりの解釈です。


Sevish - Desert Island Rain (313-tone equal temperament)


Sevishは微分音を使って作曲するエレクトロ系のアーティストで、15平均律、19平均律、22平均律、23平均律、53平均律等、様々な平均律を使って作曲をしてます。(「特に22平均律がお気に入り」みたいなことをインタビューで語っていた)。
そんな彼の作品の中でも、2015年のアルバム「Rhythm and Xen」の最後に入っている「Desert Island Rain」という曲はかなり異色だと言えます。使用しているのはなんと313平均律ということで、まずその数の多さに驚きなんですが、個人的には313平均律というあまり研究されていない音律を使っていることに疑問を抱きました。

あまり研究されていない音律とはどういうことか?

12平均律以外の音律では、19平均律、31平均律、53平均律などは、純正律への近似値の良さから長い間研究されていて、それぞれのwikipediaのページが存在するぐらい有名な音律です。また、純正律への近似が目的であれば、例えば純正5度に近い306平均律や665平均律なんかも研究対象になりうるでしょう。さらに、30以下ぐらいの比較的音数の少ない平均律も実験的に使われることが多いといった印象です。

313平均律は、特にこのように研究されそうな平均律に該当しない、全くピンとこない音律なのです。


ではなぜ313平均律という中途半端な音律をチョイスしたのか?冒頭のYouTube動画の概要欄には大体こんなことが書いてあります。

313平均律の中から最もおいしい9つの音を選んだ。
スケールの各ステップ数は以下の通りだ。
53, 12, 53, 12, 53, 12, 53, 12, 53


つまり313種類全ての音を使っているわけではなく、9つの音をスケールとして使っているとのことです。さらに、そのスケールのステップ数(音程)まで教えてくれています。とても親切。かなり規則性のあるステップに見えます。基音を0だとして左から順に足していき、音程らしく表記すると次のようになります。

音程 0 53 65 118 130 183 195 248 260 313
ステップ数 53 12 53 12 53 12 53 12 53


さて、次にこの音程が一体どのくらいの高さを持った音なのか?計算していきましょう。
まず313平均律の隣り合った音は1200(1オクターヴ分のcent値)÷313≒3.834centとなります。もし音程が53ステップであれば、53*3.834……≒203.195centとなります。同じように計算していくと、以下のようになります。

番号 音程 cent値
1 0 0
2 53 203.195
3 65 249.201
4 118 452.396
5 130 498.403
6 183 701.597
7 195 747.604
8 248 950.799
9 260 996.805


こうしてみると、2, 5, 6, 9番目の音が12平均律のD(200cent), F(500cent), G(700cent), Bb(1000cent)にそれぞれ近似していることがわかります。また、3, 4, 7, 8番目の音はそれぞれ250cent, 450cent, 750cent, 950centといった4分音に近似しているようです。つまりこのスケールは基音がCの場合、C, D, Eb-1/4, E+1/4, F, G, Ab-1/4, A+1/4, Bbというスケールになります。Bbが微分音の影響を受けずに独立しているので、響きとしてはなんとなくC Mixolydianに近い印象を受けます。3rdと6thに4分音を取り入れたMixolydianスケールと解釈しても良さそうです。(ちなみに「Desert Island Rain」も基音がC)
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このスケールを、この記事では仮に"Desert Island Rain Scale"略してDIR Scaleとでも呼びましょう。

さて、313平均律を53, 12, ……と規則的に分割すると、4分音を使ったスケールにかなり近似することがわかりました。しかし、「それなら24平均律を使って作曲すれば良いのでは?」と思ってしまいます。24平均律なら50cent刻みで音程が取り出せるし、なんでわざわざ313平均律じゃないといけなかったんでしょうか?僕は、その理由を次のように予想しています。

純正律への近さ

6音目の701.597centという音程に注目すると、これは12平均律の完全5度(700cent)に近いというより、純正律の完全5度(701.955cent)に近い音であるということがわかります。完全4度についても同じ近似値です。また、2音目の203.195centは12平均律の長2度(200cent)よりも純正律の長2度(203.910cent)の方に近似させているということがわかります。短7度も同様です。
ということで、24平均律を使うよりも純正律に近い音で鳴らせるということです。

※純正律と24平均律, 313平均律との比較

純正律(cent) 24平均律(cent) 313平均律(cent)
長2度 203.910 200.000 203.195
完全4度 498.045 500.000 498.403
完全5度 701.955 700.000 701.597
短7度 996.090 1000.000 996.805


見ての通り、313平均律の方が24平均律よりも良い近似を取ります。しかし、単純に純正律への近似値だけを考えた場合、例えば53平均律の方が純正律に近い値を示します。313平均律が24平均律より優れているとはいえ、純正律への近さでいうと53平均律には完敗です。なぜ313平均律にこだわったのでしょうか?

ステップ数へのこだわり

ここからは完全な僕の予想でしかありませんが、そもそもステップ数に対しての強いこだわりを感じます。わざわざYouTubeの概要欄に書いてくれるぐらいですからね。53, 12, 53, 12, 53, 12, 53, 12, 53という数字は、この記事にも何度も登場している53平均律と12平均律の53と12を採用したのではないか?と思います。少なくとも、規則的な2つのステップを保って音律を作りたかった意図は間違いなくあると思います。
試しに、24平均律、53平均律、313平均律をそれぞれDIR Scaleに近似させたときの、各音程のステップ数を比較してみます。

※DIR Scaleを作るためのステップ数

24平均律 4, 1, 4, 1, 4, 1, 4, 1, 4
53平均律 9, 2, 9, 2, 9, 2, 9, 2, 9
130平均律 22, 5, 22, 5, 22, 5, 22, 5, 22
289平均律 49, 11, 49, 11, 49, 11, 49, 11, 49
313平均律 53, 12, 53, 12 ,53 ,12 , 53 ,12 ,53

こうしてみると、なんとなく法則性が見えてきました。まず、ステップ数には2種類の数しか登場させないというルールがあると考えると、大きいステップが5回、小さいステップが4回登場するので、DIR Scaleに似たものを作るには少なくとも「5n+4m」型の平均律である必要があります(大きいステップをn、小さいステップをmとする)。
そして、どうやらn/mの値が大体4.40〜4.45ぐらいの間に収束してそうです。となると、1つのmに対して1つのnが存在する5n+4mと考えることができるので、313平均律含めそれ以下の平均律でDIR Scaleの近似を満たす平均律は、mの値から考えて多くても12種類しかないことがわかります。
そうすると、ステップ数が53と12になる特徴的な313平均律を選んでもおかしくないような気がします。

Sevishがそこまで計算していたかわかりませんが、313平均律の採用というのは明らかに無作為であるとはいえず、かなり意図的に、なんらかのこだわりがあって使用していると言わざるを得ません。

以上、僕なりのDesert Island Rainに対する考察でした。

おまけ①

Desert Island Rainのスケールを作って遊んだら、まさかのSevish本人にRTされました(ツイート文に間違いがあり、その後訂正済み)。


おまけ②

Desert Island Rainの冒頭部分を採譜しました。
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音符の組合せとフィボナッチ数列

n連符を使って構成される音符を考えます。
あらゆるリズムを音価まで考慮した場合、それぞれの音符は何パターンになるでしょうか?

n=1〜5までを書き出してみましょう。

n=1のとき(2通り)

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n=2のとき(5通り)

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n=3のとき(13通り)

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n=4のとき(34通り)

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n=5のとき(89通り)

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さて、このn連符を使って構成される音符のパターンの総数をBnとおいたとき、Bnとnにはどのような関係があるでしょうか?
Bnを順番に並べて観察します。

B_n=2,5,13,34,89,\cdots


どうやら、Fibonacci数列(1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,…)の数字によく似ています。
具体的には、Fibonacci数列の3番目以降の奇数項(2n+1番目の項)とBnが対応しているように見えます。

これを改めて書き直すと、以下のような予想になります。

予想

n連符を使って構成される音符のパターンの総数をB_nとしたとき、B_n=F_{2n+1}が成り立つか。
(※ただし、F_{n+2}=F_{n+1}+F_n , F_1=F_2=1

 

この関係性についての予想をTwitterで呟いたところ、ADE(@grand_antiprism)さんからものすごい速さで証明を作っていただきました。以下、本人から許可を得たのでそのまま掲載させていただきます。

証明①

ADE(@grand_antiprism)さんにいただいた証明
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n連符のことをn拍としてたり(確かにその方がわかりやすい)、表現の違いが若干ありますが結論としてはです。


つまり、n連符を使って構成される音符のパターン数は、Fibonacci数列の奇数項になるということがいえました!


証明②

続いて、僕が考えていた別のルートからの証明も載せておきます。

まず、B(n)の漸化式を考えます。
B(n)の先頭の音符が「独立した音符」「2個分以上伸ばした音符」「休符」の3種類です。ここで「独立した音符」の個数は先頭の音符以外のn-1個の音符の組み合わせなので、B(n-1)個。同様に、「休符」の個数も先頭の休符以外のn-1個の音の組み合わせなので、B(n-1)個となります。

すなわち、B(n)=2*B(n-1)+「2個以上伸ばした音符」となります。
続いて、先頭の音符が2個以上伸ばした音符を場合分けすると、「2個分伸ばした音符」と「3個以上伸ばした音符」に分けられます。
「2個分伸ばした音符」の個数は残りのn-2個の音符の組み合わせなので、B(n-2)個。

つまり、B(n)=2*B(n-1)+B(n-2)+「3個以上伸ばした音符」となります。
このようにしてB(n-k)を足し合わせていくと、最終的に先頭の音符が「n-1個以上伸ばした音符」のB(1)個の音符と、「n個伸ばした音符」すなわち4分音符1個分が残ります。

よって

B_{n}=2\cdot B_{n-1}+B_{n-2}+B_{n-3}+\cdots+B_{1}+1 \tag{1}


という漸化式が得られます。
また、(1)より

B_{n-1}=2\cdot B_{n-2}+B_{n-3}+B_{n-4}+\cdots+B_{1}+1 \tag{2}


となります。
さらに(1) - (2)を計算すると、B_{n-3}以降が打ち消しあうので

B_{n}-B_{n-1}=2\cdot B_{n-1}-B_{n-2} \tag{3}


(3)を整理すると

B_{n}-3\cdot B_{n-1}+B_{n-2}=0 \tag{4}


ということで、証明①の(3)と同じ形になりました。


おまけ:B_nの一般項を求める

最後に特性方程式を用いてB_nの一般項を求めてみます。もちろん、F_{2n+1}の一般項といっても同じ意味です。

B_n=3\cdot B_{n-1}-B_{n-2}かつB_1=2,\ B_2=5となるB_nの一般項

 

x^2+3x-1=0の解を \displaystyle s=\frac{3+\sqrt{5}}{2},\ t=\frac{3-\sqrt{5}}{2} とおくと
s+t=3,\ st=1より

B_n=(s+t)B_{n-1}-st B_{n-2} \tag{1}


これを変形すると

B_n-s B_{n-1}=t(B_{n-1}-s B_{n-2}) \tag{2}


よって、B_n-s B_{n-1} は公比 t の等比数列となる。
B_n-s B_{n-1}B_2-s B_1t^{n-2} 倍した形と考えることができるので

B_n-s B_{n-1}=t^{n-2}(B_2-s B_1) \tag{3}


( )内を計算すると

B_2-s B_1=5- \displaystyle \frac{3+\sqrt{5}}{2} \cdot 2=2+\sqrt5 \tag{4}


(3),(4)より

B_n-s B_{n-1}=(2+\sqrt5) t^{n-2} \tag{5}


同様に(1)を変形すると

B_n-t B_{n-1}=(2-\sqrt5)s^{n-2} \tag{6}


(5),(6)よりB_{n-1}を消去してBnについて整理すると

B_n=\displaystyle \frac{(2+\sqrt5)t^{n-1}-(2-\sqrt5)s^{n-1}}{t-s} \tag{7}


tとsを戻すと

B_n=\displaystyle \frac{1}{\sqrt5}\biggl\{(2+\sqrt5)\biggl( \frac{3+\sqrt5}{2} \biggl)^{n-1}-(2-\sqrt5)\biggl( \frac{3-\sqrt5}{2} \biggl)^{n-1}  \biggl \} \tag{8}


ということで、Bnの一般項がわかりました。

純正律と平均律の数理 

現在、ポピュラー音楽の大半は12平均律という音律を使って作曲・演奏されています。この12平均律が採用されるに至るまでに様々な音律が考案されてきた訳ですが、この記事ではその中でも「純正律」と「平均律」を比較し、さらに12以上の大きい数の平均律について、その可能性を考察していきます。
 


目次

 
 

純正律

例えば264Hzの周波数を持つ音と396Hzの周波数を持つ音があるとします。この2つの音を同時に鳴らすと、2つの音は"ハモって"聴こえます。2つの音を比較してみると、「264:396=2:3」というように簡単な整数比で表すことができます。このように2つの音の周波数を比較的簡単な整数比で表すことができる場合、2つの音はハモって聴こえるという性質があります。そのような関係を調和するといいます。
 
純正律は、ある音に対して2:3の周波数比で調和する純正完全5度と4:5の周波数比で調和する純正長3度を組み合わせた音律です。例えばCという主音に対して純正完全5度上のGの音の周波数比は2:3なので、GはCの3/2倍の周波数を持ちます。同様に純正長3度上のEの音はCの5/4倍の周波数です。
 
この2:3と4:5の関係を利用して、比較的簡単な周波数比で表される音を何個か作っていきます。CからFを計算し、GからDを計算し、FからA、GからBを計算します。
詳しい計算は割愛しますが、主音Cに対する周波数比順(音程順)に音を並べると次のような音律ができます。

音名 C D E F G A B C
Cに対する周波数比 1 \frac{9}{8} \frac{5}{4} \frac{4}{3} \frac{3}{2} \frac{5}{3} \frac{15}{8} 2
C=264Hzの場合(Hz) 264 297 330 352 396 440 495 528

(A=440HzにするためにCを264Hzとしました。)
 
短調の純正律や音を12個用意するパターンもありますが、これが純正律と呼ばれる音律の基本の考え方です。

 

純正律の弱点

純正律はどの音も簡単な整数比で表されているので、Cに対する全ての音が調和するようになっています。しかし、C以外の音同士が全て調和するかというと実はそうではありません。E-G-Bという和音とD-F-Aという和音を比較してみましょう。

・E-G-Bの和音
 E:G:B = \frac{5}{4}:\frac{3}{2}:\frac{15}{8} = 10:12:15
 
・D-F-Aの和音
 D:E:G = \frac{9}{8}:\frac{4}{3}:\frac{5}{3} = 27:32:40

E-G-BとD-F-Aはどちらも暗い響きのする短三和音(マイナー)ですが、E-G-Bが10:12:15という比較的簡単な整数比で和音が作られたのに対して、D-F-Aの場合は数字が少し大きくなってしまいました。

このように、純正律は組み合わせによって調和の具合が変わってきてしまうので、主音以外の音への移調や転調が難しいという弱点があります。

平均律

純正律の移調や転調が難しいという弱点を克服するには、どの音から始めても同じような響きになるようにしないといけません。これが、1オクターヴを全て等しい周波数比で分割する「平均律」の発想です。
 
では、1オクターヴを何分割すればよいのでしょうか?音の調和のことを考えるとできる限り純正律の音に近づけたいので、細かく分割すれば純正律に近く可能性が上がりますが、あまり細かくしすぎると演奏が難しくなってしまいます。
先ほどの純正律では1オクターヴに7つの音を並べたので、ひとまず1オクターヴを7段階の等しい周波数比で分割した「7平均律」を考えてみましょう。

 

7平均律

ある音から同じ周波数比を7回経て1オクターヴ上の音になるのが7平均律です。ということは、7回分同じ周波数比を掛け算して2倍の周波数比になるということです。7回掛けて2になる数、つまり「2の7乗根」が7平均律の各音の周波数比です。

7平均律のある音が1つ上の音に上がる時の周波数比
 \sqrt[7]{2} ( = 2^\frac{1}{7}

7等分したそれぞれの音にも、実際の音とはかなり違いますが一応Cから順番に名前をつけていくとしましょう。以下各音と周波数の対応表です。

音名 C D E F G A B C
Cに対する周波数比 1 2^\frac{1}{7} 2^\frac{2}{7} 2^\frac{3}{7} 2^\frac{4}{7} 2^\frac{5}{7} 2^\frac{6}{7} 2
C=264Hzの場合(Hz) 264 291 322 355 392 433 478 528

※小数点以下四捨五入

さて、7平均律の表と純正律7音の表ができたので比較したいところですが、周波数同士を単純に比較するというのはあまり本質的ではありません。音程というのは常に周波数の比で表されるものなので、全ての音程に基準となるを与えていきます。音程の比の定規のような役割をしてくれるのがセント(cent)という単位です。

 

セントについて

1セントとは、1オクターヴを1200段階の等しい周波数比で分割したものです。1200平均律の1音と考えることもできます。1200という細かい目盛りで他の音律の計測を行うわけです。


試しに、純正完全5度のセント値を求めてみましょう。
まず、1セントというのは1オクターヴを等しい周波数比で1200分割したもののため、2の1200乗根(2^\frac{1}{1200} )として表されます。次に、純正完全5度をXセントとしてその周波数比を表すと、2^\frac{X}{1200}となります。この値と元々の純正完全5度の周波数比(3/2)が等しくなるため、等式を作ってXについて解いていきます。

◎純正完全5度のセント値
    \frac{3}{2} = 2^\frac{X}{1200}
 \log_{2}(\frac{3}{2}) = \frac{X}{1200}
     X = 1200×\log_{2}(\frac{3}{2})
      = 701.9550008654……

ということで、純正完全5度をセント値で表すと約701.9550008654セントになるということがわかりました。


続いて、7平均律のGの音(5音目)を求めていきます。こちらは意外と簡単で、「1200という対数目盛りを7等分したうちの5番目」と考えれば単純な掛け算と割り算だけで大丈夫です。ただし5音目の音は基音から見ると4音上がった音なので、1200×4/7という計算になります。

◎7平均律の5音目のセント値
  1200×\frac{4}{7}
   = 685.7142857143……

そして、今求めた純正完全5度に対する7平均律の5音目の誤差を求めると、701.9550008654 - 685.7142857143=約+16.2407151511(cent)ということになります。


同様に純正律の他の音もセント値を計算し、7平均律との誤差を求めます。Cは同じ音に固定するとして、他の6音のセント値の比較は以下のようになります。(小数第5位までの概数)

【純正律と7平均律の比較】

音名 純正律(cent) 7平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 171.42857 -32.48143
E 386.31371 342.85714 -43.45657
F 498.04500 514.28571 +16.24072
G 701.95500 685.71429 -16.24072
A 884.35871 857.14286 -27.21586
B 1088.26871 1028.57143 -59.69729

これが実際どれほどの誤差なのかというのはなかなかイメージがしずらいと思いますが、100セントというのが12平均律でいうところの1半音にあたるので、-59.69729セントという数値はかなり大きな誤差と言えるでしょう。7平均律では、純正律にそこまで近似することができません。(とは言っても、実際に7平均律を採用している地域があります。7平均律は純正律への近似としてではなく、それ自体が面白い音律なのでまた別の記事で取り扱いたい……。)


12平均律

続いて、現在採用されている12平均律が純正律に対してどれほどの近似をするか、見ていきましょう。先ほどと同じような計算により、純正律と12平均律を比較すると以下のような表が出来上がります。
 
【純正律と12平均律の比較】

音名 純正律(cent) 12平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 200.00000 -3.91000
E 386.31371 400.00000 +13.68629
F 498.04500 500.00000 +1.95500
G 701.95500 700.00000 -1.95500
A 884.35871 900.00000 -15.64129
B 1088.26871 1100.00000 +11.73129

12平均律は特に純正完全5度(純正完全4度)への近似値が良く、他の音も誤差が少ない平均律です。先ほどの7平均律の表の誤差と見比べると一目瞭然だと思います。また、1オクターヴに12個という音の数も演奏上問題ありませんから、12平均律が選ばれて然るべきといえるでしょう。

しかし12平均律以外にも純正律に対して良い近似値を持つ平均律がいくつかあり、実際に楽器が考案された平均律もあります。そんな12平均律以外の"良い平均律"を紹介していきます。

12平均律以外の平均律

12平均律以外で、純正律に良い近似をする平均律候補は、19、29、53等です。いくつかピックアップして純正律と比較していきましょう。(数の多い平均律における音名は、最も純正律に近いもののセント値を表示しています。)

19平均律

【純正律と19平均律の比較】

音名 純正律(cent) 7平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 189.47368 -14.43632
E 386.31371 378.94737 -7.36635
F 498.04500 505.26316 7.21816
G 701.95500 694.73684 -7.21816
A 884.35871 884.21053 -0.14819
B 1088.26871 1073.68421 -14.58450

19平均律は長6度(短3度)の近似が非常によく、完全5度や長3度も悪くない値で、実際16世紀ごろから自然発生的に考案されたそうです。

 

29平均律

【純正律と29平均律の比較】

音名 純正律(cent) 31平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 206.89655 2.98655
E 386.31371 372.41379 -13.89992
F 498.04500 496.55172 -1.49327
G 701.95500 703.44828 1.49327
A 884.35871 868.96552 -15.39320
B 1088.26871 1075.86207 -12.40665

29平均律は12平均律の次に純正完全5度への近似が良い平均律です。


【純正律と53平均律の比較】

音名 純正律(cent) 53平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 203.77358 -0.13642
E 386.31371 384.90566 -1.40805
F 498.04500 498.11321 0.06821
G 701.95500 701.88679 -0.06821
A 884.35871 883.01887 -1.33985
B 1088.26871 1086.79245 -1.47626

純正完全5度への素晴らしい近似に加え他の音程の近似も良く、とても優秀な平均律です。ただし、1オクターヴに53個の音があるという音律は非常に演奏が難しく、そもそも1音分の音の違いを判別することも困難です。もし人間がもっと高度な聴力を持っていて、100平均律ぐらいなら聴き分けられる分解能を持っていれば、12平均律ではなく53平均律が採用されていたことでしょう。
 
これらの平均律の他にも、この記事では触れていませんが「中全音律」という音律への近似として31平均律という音律が有名です。

各純正音への近似

平均律を使った純正律への近似の様子をより細かく観察するために、今度は純正律に出てくる各音に対してそれぞれの平均律がどのくらい近似するかを調べます。1平均律から100平均律までを、純正律に最も近く音の誤差の絶対値をグラフにしてみます。

純正完全5度(純正完全4度)への近似

1平均律から100平均律のそれぞれのセント値を計算し、純正完全5度の音と最も近い音を比較した時の誤差(絶対値)を求めます。縦軸に誤差のセント値を取り、横軸に平均律を取ると、以下のようなグラフができます。
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グラフの凹んでいるところが純正完全5度の音に近い平均律です。やはり12平均律で一気に谷になり、その後12を単純に倍にした24平均律、29、紹介していませんが41もかなり良い近似です。そして100までの平均律で最も純正完全5度に近いのは53平均律です。

さてこのグラフの中で、12, 29, 41, 53, ……といったように純正完全5度にだんだん近くなっていく平均律だけをピックアップして、数列を作ります。当然101以上の平均律もあり無限に続いていくわけですが、"純正完全5度により近くなる平均律"の数列は以下のようになります。

1, 2, 3, 5, 7, 12, 29, 41, 53, 200, 253, 306, 359, 665, 8286, 8951, 9616, 10281, 10946, 11611, 12276, 12941, 13606, 14271, 14936, 15601, 31867, 79335, 111202, 190537, 5446238, 5636775, 5827312, 6017849, 6208386, 6398923, 6589460, 6779997, 6970534, 7161071, ……

(オンライン整数列大辞典「A060528」より)
 
オンライン整数列大辞典という、数列を検索できるサイトに載っていました。この数列、よく見ると謎の規則性があり、例えば200平均律から253, 306, 359まではすべて53を足していった数です。同様に、8286から15601まではすべて665ずつ足していった数になります。まだ検討してませんが、おそらく数学的に何かしらの性質があるためだと思います。

ちなみに7161071平均律と純正完全5度の誤差を計算してみると、約-0.00000000029セントになります。これは1オクターヴを4兆等分した音よりも小さい誤差です。
 

純正長3度への近似

同じように、純正長3度への近似グラフを作成するとこのようになります。
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純正完全5度のグラフと見比べると、少し違った雰囲気ですね。細かいギザギザに加え全体に波があるようなグラフです。

こちらも"純正長3度により近くなる平均律"の数列として扱うと、次のような数列になります。

1, 2, 3, 16, 19, 22, 25, 28, 59, 87, 146, 351, 497, 643, 2718, 3361, 4004, 8651, 12655, 21306, 55267, 76573, 97879, 489395, 1055363, 1153242, 1251121, 1349000, 1446879, 1544758, 1642637, 1740516, 1838395, 1936274, 5808822, 7647217

(オンライン整数列大辞典「A060528」より)
 
 

純正長6度への近似

純正長6度への近似のグラフは以下の通り。
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"純正長6度により近くなる平均律"の数列は以下の通り。

1, 2, 3, 4, 11, 15, 19, 95, 232, 251, 270, 289, 308, 327, 346, 365, 384, 403, 422, 1285, 1707, 2129, 3836, 19180, 28981, 32817, 36653, 40489, 44325, 48161, 51997, 259985, 3591629, 3643626, 3695623, 3747620, 3799617, 3851614, 3903611, 3955608, ……

(オンライン整数列大辞典「A061919」より)
 
 

純正長2度への近似

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山と谷の上下がはっきりしたグラフになりました。29から35, 41, 47, 53と綺麗に下がっていき、その後も平均律が5〜6周期ぐらいで近似が訪れるようです。こちらはオンライン整数列大辞典には乗っていませんでした。

純正長7度への近似

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山と谷の感覚が広いグラフになります。平均律が10〜11上がるごとに近似が訪れます。こちらもオンライン整数列大辞典に載っていませんでした。

純正長音階7音への近似

最後に、純正律の長音階7音全ての誤差をそれぞれの平均律ごとに足し合わせた合計を見ていきます。つまり特定の音が近似するものではなく、全体的に純正律に近い平均律を探すことができます。(1平均律から200平均律までを表示)
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やはり12平均律でぐっと純正律に近づき、その後22, 31, 34, 41, 53, 118, 289, 323, ……という順番で近似していきます。

この純正律への近似の方法は様々あり、純正短音階や12個の音を用意した純正律に近似するやり方もあります。今回は純正完全5度と純正完全4度をふたつとも足し合わせてますが、これを同一とみなす方法もありますし、純正完全5度等の重要な調和に対して少しポイントを高くする「重み付き」のグラフを作成しても良いかもしれません。しかしどんなやり方でも、12平均律や53平均律は良い値を示すと予想できます。

さいごに

以上、純正律と平均律の数学的な比較でした。今回100以上の平均律の話をしていますが、当然あまりに細かくしても人間の耳で聴き分けることはできません。演奏面的にも問題が生じるでしょう。また、すごく残酷な事実ですが、どれだけ音を細かく分けても純正律の音を完全に再現する平均律は存在しないので、どこまで行っても結局「妥協」になってしまい、あまりに耳が良すぎても逆に歯がゆさを感じてしまうかもしれません。そう考えると、人間の耳の分解能というのは、ちょうどよく設計されているのかもしれません。

といったところで今回はこの辺で。

12平均律の拡張 ー 自然数平均律から実数平均律まで

12平均律とは、1オクターヴを12等分するような音律のことです。

 

ピアノの鍵盤を見てみましょう。

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ドと上のドの関係のことを1オクターヴと言い、それをさらに12等分している音律なので、この音律のことを12平均律と言っています。普段日本で耳にする音楽のほとんどは、この12平均律という音律でできています。

 

さて、今回この記事では12平均律の「12」を、数学に登場する自然数の「12」として扱い、数学的に拡張していくのが目的です。12という自然数平均律から、有理数無理数……となっていくとどうなるのか、是非お付き合いください。

 

その前に、12平均律をまずは数学的に分析してみましょう。

 

冒頭で「1オクターヴを12等分する」というように述べましたが、この「12等分」というのは数学的にいえば等比数列で分割しているということになります。

そもそも1オクターヴというのは2倍の周波数をもつような音の関係のことをいうので、12平均律の場合は、12回掛け算すると丁度2倍になるような数が各音と音との関係(公比)になります。このとき公比は 2^{\frac{1}{12}}となります。

 

例えば基準となる音の周波数が440Hz(初項が440)だとすると

 440,440\times2^{\frac{1}{12}},440\times2^{\frac{2}{12}},440\times2^{\frac{3}{12}},440\times2^{\frac{4}{12}},440\times2^{\frac{5}{12}},440\times2^{\frac{6}{12}},

  440\times2^{\frac{7}{12}},440\times2^{\frac{8}{12}},440\times2^{\frac{9}{12}},440\times2^{\frac{10}{12}},440\times2^{\frac{11}{12}},880,\cdots

といったような数列になります。

実際の音名でいうと、440HzはA(ラ)の音なので、それが半音ずつ上がっていく半音階となります。つまり先ほどの数列は

A, A#, B, C, C#, D, D#, E, F, F#, G, G#, A,…

といったようなAから始まる半音階の周波数を表しています。

 

それでは、12以外の自然数でも試してみましょう。

 

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